ゆけゆけ60代

日記風のブログです。

蒼い日記

つるちゃん

40年近く続けている日記。昨日整理していたら、1978年8月15日(金)から綴っていた。
20年近くは手書きで、それ以降はテキストで残している。いつかは処分しようと考えていたが、昨日手書きの日記帳は目を通したのち処分した。



(手書きの日記帳)

日記の主な内容としては、日々の出来事、計画、夢や目標、そしてエッセイやポエム(詩)のようなもの。読み返すと当時の様子などが脳裏に甦ってくる。面白かったのは、高校時代に始めて付き合った彼女との出会いから別れまでが物語り風にまとめられたものがあった。

教室の匂いや漂っている雰囲気などが伝わってきそうだった。その他にも、高校時代付き合っていた彼女との交換日記。まだ持っているの?と言われそうだが、好きな子が進学した高校まで追っかけていくという単純な男だったから、ひとつひとつの恋が甘酸っぱい。

いつも誰かに惚れていて、いつも自信がなく自分を責めている。理想とする自分と現実の姿に、ダメだダメだと書いていた。そんな蒼い時代(高校時代~20歳頃)。そして23歳頃からは、周りのことが見えるようになったのか、人への気遣いを大切にしたいなどの記載が多くなり、すこしづつ自分から周りへと目が向き始めた頃。全体的には、自分自身変わっていないように感じた。

職場の先輩から60歳を過ぎたら、これからいつ何時、この世とお別れする時がくるかわからない。少しづつ始末をつける生き方をしていくことも大切だと教えてもらった。そう考えると不思議と恵まれている現在に感謝、健康に感謝する気持ちとともに、家族や周囲に何を残していく生き方をしていきたいと考える。

日記とはある意味自分との対話。これでいいのか?どう生きるのか?わからないコタエを自分に問い続けること。
それでも、考え続ける中でヒントやアイデアが浮かんでくる。不安が希望に変わり、希望が目標に変わり、目標が足跡に変わる。
足跡が自信に変わる時まで、ひたすら歩きつづけるしか自分自信のコタエは無いのではと思う。

そんな考えもある意味、自分自身の「蒼さ」かもしれない。永遠つづく「蒼」だろう。しかし未熟でよし、成熟に憧れる蒼のままで生きればいいと思う。